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紀ままな独り言10

紀ままな独り言10

土曜日になると元気が出てくるが。  

  •  金曜日の夕方になるとヘロヘロ、土曜日になると何とか持ち直す。
    そんな感じが、ここ一月ばかり続く。
  •  なにもしていないと言った感じだが、厳しい現実と多忙さの中で、自分を見失ってしまいそうである。
  •  ここ数日は、大変失礼な話であるが、東北の震災関連の映像を見ながら、自分が情けなく思えてしまう。外国の人たちがボランティアでとりあえず1000人分の食料を買って、東北に向かった話や、1200人ほどの人が退避した避難所で、三日目にして、300個のおにぎりが届いたのに全員に行き渡らないから、次の食料が届くのを待ったという話を聞きながら、自分は何をしてきたのかという無力差を感じてします。
  •  神戸の震災の時にも同じような無力さを感じた。神戸の震災の時は、アパートの1階で家族4人、布団の中でその揺れの大きさに、目が覚め、驚いたことを覚えている。
  •  子供たちは小さかったので、「一応、ものが倒れてこないか、布団でおまえたちをカバーしたんや」と、物心が付いたときには話している。ただ、神戸の集合住宅などで、1階が押しつぶされた映像を見て、このままではまずいと思ったことは、覚えている。
  •  3年後に、無理をしてボックスラーメン構造の家を建てたのが今の栖である。
  •  この震災の時は、ある代議士の私設秘書をしていた。当時はまだ、中選挙区であり、ライバルの代議士秘書は、ボランティアで現地に向かい、車の中で寝たという話を聞いたときに、自分は何もしなくていいのかという思いがあった。地元の他の代議士の回顧録で、昭和28年の水害の時に、大量の野菜を買い込み、一儲けしようとしたときに、故早川崇という元代議士が、被災した人たちに救援物資を渡しているのを見て、自分の愚かさを悟ったという話があった。
  •  このとき、車で寝たという相手方の秘書の方は、その後、議員さんになられていたと思う。自分とは志が違ったのだろうと、今でも思う。
  •  ただ、そんな無力な自分が50を過ぎ、できることはないかと考えたときに、今の仕事についたいえば、少しカッコをつけすぎた話である。
  •  とにもかくにも、私が住んでいる地域は、数十年先には、プレート型の地震が発生する地域である。研究者によれば意見は様々で、100年〜150年という人もいれば、もう少し長い人もいる。
  •  ただ、ここで忘れてはならないのが、過去の地震の記録が残っているということ。記録があるから、周期的に地震が起こっていることがわかり、また、研究の対象にもなる。
  •  また、古いため池の地質調査や遺跡の調査などでも、1000年以上前のデータを解析している。これだけの資料があるのは、地震が多く発生する地帯の中では、珍しいことと聞く。だから、この貴重な資料をもとに、来るべき大震災に備える。また、近くは東北やスマトラ沖の津波被害を教訓に、自然の脅威に対して真摯に立ち向かうべきだと思う。
  •  そのために、ほんの一握りの役に立てば、自分のしていること、しょうとしていることに、意味を見いだして、明日への糧としたい。また、カッコつけました・・・。




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