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紀ままな独り言12

紀ままな独り言12

あれから八年。九年目はどうなる。  

桃栗三年柿八年・・・。  

  •  あまり私には関係ないが、今日はホワイトデー。義理人情だけで世間を渡っている身としては、義理チョコのお返しで、義理・義理の状態。
  •  ただ、当社にとっては、今日が誕生日である。産声をあげて八年。なんとか、なんとかという状態である。ここ数年は、ネット販売は休んでいる。今まで暖かく、応援してくださった方には、大変申しわけない状態が続いている。
  •  数年前から二足のわらじを履いてしまい、股裂き状態から、別業務で片足立ちしている状態。ケンケンがいつまで持つか、八年前の状態からすれば、想像もつかなかったこと。今でもフロントページの最下部に、「ホワイトデーに、真っ白になってスタートしました」と記している。
  •  この八年で、随分と色あせたかもしれない、八年たって柿は熟しただろうか。会社がスタートしたころは、柿とみかんをセットにして販売していたこともあった。あの頃は無我夢中だったのだろうなと、利益を考えず、あるモノを売る。今から思えば、あの当時の自分がうらやましい気もする。
  •  もっとも、「桃栗三年柿八年」に続く言葉は、いろいろあっておもしろい。私が人から聞いたのは、「柚ははすいとて十八年」というのがあったが、他には「梅は酸い酸い(すいすい)十三年」とか、「柚は九年の花盛り」「琵琶は九年でなりかねる」などいろいろだ。
  •  とりあえず。10年企業をめざしたい。あと二年、がんばれるかなー。ただ、和歌山には100年企業以上、創業550年という「駿河屋」さんがある。数年前に一度は幕を閉じたが、有田市の医薬部外品製造販売会社の会長さんが購入、創業者の子孫に当たられる方を社長として再スタートを切っている。
  •  この駿河屋さん、室町時代中期の創業で、元々は「鶴屋」の屋号で饅頭処。五代目の時に伏見の桃山城の正面前に店を構えていたという。この時に「練羊羹」を作り、豊臣秀吉に献上、聚楽第での大茶会に引き出物として配られ、諸大名の賞賛を受けたという。
  •  少し時代が進み、紀州徳川家の祖・徳川頼宣がまだ幼少のころ、この伏見の「鶴屋」の菓子を大変好んだという。頼宣が駿河に転封になった時に随伴し、さらに頼宣が紀伊の転封されるとまた随伴し、和歌山に屋敷を賜って店を開いたという。
  •  その後、徳川綱吉の娘「鶴姫」が輿入れしたことから、その御名に憚かると藩命が下り、1685年に「駿河屋」に変更したという。
  •  豊臣秀吉に徳川綱吉、歴史の教科書に名前の出てくる人物と関わりがあるのが、なんとも凄い。以前、義理の母が「駿河屋の羊羹が食べたい」と、言った背景には、このような逸話を知っていたからだろうかと思い出す。
  •  この駿河屋を代表する羊羹、秀吉の時代に貢ぎ物の一つであった「凝藻葉(こもるは)」を用いて炊き上げることで、日持ちがよくなったという。後に寒天を使い、この製法が確立したのが、明暦4年(1658年)というから、その時の流れと、歴史に驚かされる。今でも、練り羊羹は、非常食としても適しており、久しぶりに買ってみようかなと思う。
  •  東大寺二月堂のお水取りといい、駿河屋さんといい、その歴史にただただ、感心するばかりだ。「継続は力なり」と簡単に書くことは出来るが、人から人へと伝えていく難しさを感じ始めている。
  •  最後に、八年がらみで、もう一言。尺八の難しさをいう言葉に「首振り三年ころ八年」というのがあるそうだ。首を横に振ってばかりでは、何事も進まないのかもしれない。





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