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紀ままな独り言13

紀ままな独り言13

一雨ごとに、春に近づくも冷え込む。  

県内では、桜が開花したという話もちらほら。  

  •  私が初めて桜がこんなに美しいのかと感じたのは、JR阪和線の山中渓駅近くの風景である。中学生のころだった。
  •  二人兄弟で育ち、四つ上の兄が、大坂に引っ越すときに見た桜が、なんともいえず美しかったのを覚えている。ホームの両側に桜並木があり、雨のせいかよりピンクが濃く見えたのかもしれない。桜の花は、別れのイメージがいっそう強くなった。
  •  子供のころは、祖父が植えたサクランボの木があり、いとこが中学の卒業式に飾るといって切っていたのを覚えている。その頃は、花より団子で、サクランボが少なくなると、少し残念だった・・・。
  •  次に桜の花を意識したのは、東京から田舎に帰ってたときである。レンタカーを返した後、和歌山市駅からJR和歌山駅に向かう途中、和歌山城の桜がきれいだったことを覚えている。この時は、都落ちのような気分だったが、青空の下、和歌山城の桜が、いっそう映えていた印象がある。ただ、和歌山の空は青かった。その印象も強い。
  •  お城と桜、よけいに桜を美しくさせるのだろうか。熊本城の桜もきれいだった。4月8日だったと思う。熊本からとんぼ返りで、和歌山に帰ると、会社の同僚が、紀三井寺で花見をしていると聞きつけたので、駆けつけたが、散会した後だった。
  •  ある調査によると、県内では、和歌山城に紀三井寺が人気のスポットの1位、2位である。3位は白浜・平草原公園。こちらは何度となく訪れた。4位は岩出市の根来寺、5位は海南市の亀池公園、6位は田辺市の動鳴気峡と続く、人が訪れやすいところが人気があるようだ。地元の奇絶峡が12位というのもうれしかった。
  •  学生のころ、西行に憧れた。俗名は佐藤義清(さとうのりきよ)、左右衛門尉(さえもんのじよう)藤原から、佐藤という姓になったと教えられた。北面の武士でありながら、23歳で出家、その後高野山にも入られ、最後は河内国の弘川寺で亡くなったという。有名な「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」という歌とともに、2月16日(旧暦・今の3月31日)という自分の願いに違わない生涯に、いっそう魅力を感じたものだった。出家後の心の赴くままに、草庵をいとなみ、漂白の旅に出た姿が、なんとも魅力的である。ただ、私の学力が足りなかったばかりに、卒論のテーマに出来なかったのは、今でも断念に思う。
  •  その西行へのあこがれか、娘と喧嘩したときに、玄関からけり出したことがある。もっとも西行と違うところは、泣く子(4歳)ではなく、娘はかなり大きくなっていた。西行は世を捨てたが、私は娘に捨てられたような気がする・・・。その娘も成人し、一緒に食事をした時、日本酒を飲んでいるのを見たときに、親はなくとも子は育つと、うれしいような、寂しいような感覚をあじわった。県下の伊都郡かつらぎ町上天野には、西行の妻と娘が修行しながら住んだと伝えられる遺跡もある。
  •  能楽に「西行桜」がある。老桜の精が夢の中に出てくる話で、美しさゆえに人をひきつけるのが桜の罪なところと」と読むと、老桜の精が「桜はただ咲くだけのもので、草木である桜に憂き世の咎などあるわけがない」と言い、「煩わしいと思うのも人の都合だ」と西行を諭す。なんとなく雰囲気だけはわかったような気がする。
  •  今年も桜の季節が到来した。今は、あと何回桜を楽しむのだろうかという心境に近づいている。人も散り際が大切なのかもしれないが・・・。







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