紀州・和歌山から青梅・南高梅を生産・直売、美味い果物、柑橘、みかんを栽培農家が直送。鮮度と安心をお届けします。梅干・梅酒用・生梅の専門店。

紀ままな独り言33

紀ままな独り言33

四月八日は、灌仏会(かんぶつえ・お釈迦様の誕生を祝う仏教行事)  

  •  子供の頃、幼稚園の近くの菩提寺で、「甘茶がもらえる」と同じ年頃の子がうれしそうに話していたのを覚えている。入園式まで遊んだことのない子供たちだったので、その時は名前も知らなかった。
  •  家がお寺から少し離れていたので、近所の限られた子供たちは、そんなことを知らないし、兄からもそんな話は聞いたことがなかった。来年は頂こうと思ったが、翌年からは小学生となっていたし、すぐに忘れてしまったのかもしれない。
  •  お釈迦様の誕生にあわせて、甘茶が振る舞われるのは、「お釈迦様がお生まれになったとき、天に9頭の龍が現れ、甘い水を吐き、その水を使って産湯にしたという伝説に基づいているそうです。江戸時代までは五香水をかけていたそうですが、江戸時代頃から、甘茶をかけるようになったそうで、その甘茶が参拝者に振る舞われるようになったということでしようか。
  •  灌仏会は別名、「花祭り」とも呼ばれ、赤ちゃんの健康を願うお祭りでもあるといわれている。新学期の行事と重なることが多いので、せっかくのめでたい日も、余り知られていないのかもしれない。クリスマスと比べるのも変な話であるが、残念である。

四月八日から  

  •  四月八日から、お釈迦様にちなんで、生まれた言葉がある。ものが駄目になることを「オシャカ」になるとよく使う。これは江戸っ子からきているという説がある。鋳物を作るときに、火加減が大変難しく、「し」と「ひ」の区別がつかないと江戸っ子が、「しがつよかった」と言ったことから、「しがつようか」となり、お釈迦様の誕生日とかけあわせて、「オシャカニナル」という言葉が生まれたという。ただ、話がうまくできすぎているので、信憑性が・・・とも言われている。
  •  ほかには、同じく鋳物工場で、「お地蔵様」をつくってほしいと依頼されたが、できあがったお顔を拝見すると「お釈迦様」の顔になっていたため「お釈迦様になった」という表現が生まれたとも言われている。
  •  中にはさらに発展した解釈もある。お釈迦様になることを「涅槃」(ねはん)とし、そこから、半値として価値がさがるという。ここまできたら、ちょっと洒落がきついような気もする。
  •  他には、甘茶をかけられる「お釈迦様」の姿から、博打などで無一文になることも、裸にされることから「お釈迦様になる」と言う表現が使われている。
  •  同じような意味で「おじゃんになる」という言葉もある。江戸時代、火災が発生した際には半鐘を連打し、鎮火した際には、半鐘を二度ならす「じゃんじゃん」、これで火事が終わったということを知らせたことから物事のおわりとなり、おしまいという意味となったという説。
  •  他には、物事が途中で駄目になるという意味の「じゃみる」という動詞があり、接頭語の「お」がついた「おじゃみ」から「おじゃん」に変化したという説もある。
  •  普段使っている言葉も、いろいろと由来があり、おもしろい。そろそろお寺さんに近づいているだけに、「じゃんじゃん」お後がよろしいようで。





    a:342 t:2 y:1

powered by Quick Homepage Maker 3.71
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional