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紀ままな独り言34

紀ままな独り言34

 今年も100日過ぎました。  

  •  今年は閏年ということもありますが、例年ならば4月10日で、年始めから100日めということになります。31+28+31 =100 (今年は101) 残りは265日。
  •  よく「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」といわれますが、年を重ねるたびにそのスピードは、年々速くなっているという感じです。
  •  もっとも10歳の頃の一年と、50歳の一年では、今まで生きてきた中で、感覚が大きく違います。単純な計算でいくと、10歳の場合は10%と、50歳では2%となり、1年に対する感覚が、5倍も違うことになります。あたりまえの話です。五倍も長く生きてきているのだから・・・。1/5となるのは、至極単純な話です。さらに怖いのは、今以上に1年が短く感じられるようになると言うことです。水泳の五輪予選を見ていると岩崎恭子さん(結婚されて斉藤さん)が解説されていて思い出した。当時中学生だった岩崎さんが「今まで生きてきた中で、一番幸せです。」と話したのが印象的だった。年齢は関係ないのかもしれない。
  •  残り時間が短くなり、さらに時間の感覚が短く感じられる。織田信長は「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり 一度生を得て成せぬ者はあるべきかと候て」と幸若舞「敦盛」を好んで詠っていたという。実際は、本能寺の変で亡くなったときは、48歳、享年49ということであった。
  •  そんな信長よりも長生きしているのに、何もしていないという思いがいっそう募る。まあ、信長以上に波瀾万丈の人生を生きた人は少ないと思うが・・・。
  •  桜の花も散り際が見事であるが、信長も逆臣の手に落ちたのだが、敦盛の舞のように、一種の見事さを感じる。学生の頃は、百姓から天下人となった豊臣秀吉が一押しであった、家康にはなにか親しみを感じられなかった。信長は、子供心にあまりいい印象はなかったが、歳とともに思いは変わるかわるもので、最近は信長に魅力を感じる。自分にないものを一番持っていた人として、とらえているのかもしれない。共通点としては、うつけなところぐらいか。もっとも信長は「天下の大うつけ」であり、自分のスケールなんて、ほんの小さなものである。
  •  今日は母への感謝として、以前から要望されていた金山寺みそを届ける。五十数年前、母は大変な思いをして私をこの世に送り出してくれた。せめてこの日だけはという思いだが、あと何回渡すことができるのだろうかと、考える。人生は短いようで長いのかもしれない。







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