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紀ままな独り言46

紀ままな独り言46

 本を読もう、栞は赤いバラ一輪  

  •  最近、本を読まなくなった。本といっても小説と呼ばれるような本はほとんど読んでいない。悲しい現実だ。明日23日は、「サン・ジョルディの日」で、本の日ともいわれている。
  •  以前は、一日に文庫本2冊という時もあったのに、それだけ時間に追われているのかもしれない。大学生の頃には、少なくとも3日で1冊は読み上げようと、目標を立てていたこともあった。今は、インターネットからの情報はそれだけ目を通しているが、あまり読んだという感じは持っていない。
  •  ただ、この「サン・ジョルディの日」というのも、あまり印象にない。若い頃は少なくとも接したことがない。学生時代、書店でアルバイトをしていたが、その時も印象にない。
  •  調べてみると、日本で出版業界と生花業界を巻き込んで「サン・ジョルディの日」をキャンペーンしたのが、1986年のことらしいい。その頃は、ちょうど郷里に戻り、紀南のほうに住んでいた頃かもしれない。
  •  ただ、この本を贈るという行為は、ただ単に「これ読んでね」という話ではないという。最近少し聞くようになったスペインの「カタルーニャ独立運動」と呼ばれる政治運動とも関係があるらしい。
  •  元となった伝説は「黄金伝説」に収められている聖人伝集の一つ「聖ゲオルギウス」(カタルーニャ語で、サン・ジョルディ)の竜の退治による。ある村で悪い竜に対して、最初は羊を生贄に出して災いを逃れていたが、羊がなくなると今度は若い人を生贄にということになり、ついには国王の娘が、その生贄となるときに、聖人・ゲオルギウスが通りかかり、この竜と戦うという話。ただ、ここがキリスト教の布教につながるエピソードで、四つのお願いがある。教会をつねに敬うこと、司祭を大切にすること、ミサを厳かに行うこと、貧しい者を絶えず思いやること。さすがに聖人伝説です。
  •  ただ、異教との戦いはすんなりいきません。キリスト教を嫌う国王にゲオルギウスが捕えられ、数々の拷問を受けるのです。そこは神の加護で無事なのですが、異教の神殿で、棄教を迫られるのですが、祈りにより神殿は倒壊。それどころか王妃が、ゲオルギウスの信念にうたれ、改宗しようとしたため、国王は怒り、見せしめとして妃を惨殺。その臨終のときに、妃が「私は洗礼をうけておりません」と訴えると、ゲオルギウスは妃の信仰の深さを祝福し「貴方が今流す血が先例となるのです」と答え、妃も満足げに息を引き取ったという。そして、ゲオルギウス本人も斬首され、殉教者となった。その日が4月23日ということです。
  •  ただ、それだけでは本を贈るにつながりません。時代はスペインフランコ独裁時代まで下ります。カタロニアでは、聖人ゲオルギウス信仰から、赤いバラを贈る習慣があったそうです。独裁時代とは、大変な時代で、カタロニアでは、人々は、スペイン語の使用を義務付けられていたそうで、反発した庶民が、禁止されたカタロニア語の本を互いにプレゼントして、祖国への忠誠を誓ったのです。独裁者フランコは、災いをなす竜として、いつかは独裁者を倒して自分たちの国の独立を夢見て、危険な母国語の本をプレゼントするのです。1975年にフランコが死去、1977年にカタロニアは自治権を獲得、そこで聖ゲオルギウスは祭は、重要な日となったそうです。
  •  この祭りに感動し、日本に紹介したことから、「サン・ジョルディの日」が国内でも企画されたのですが、反応は・・・。世界史に疎く、あまり興味もなかったので、スペインやイギリスの独立運動に対する知識がないので、なんとも言えないが、一つの国で言語が違うというのは、実感がわかない。まあ、日本でも強烈な、なまりのある方言は理解できないが(和歌山県民、しかも紀南のお前が言うなという声が聞こえてくるが)、当然そこには意思の疎通という感覚はないと思う。週末本棚からなにか引っ張り出してみよう。庭には若いバラが咲いている。







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