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紀ままな独り言52

紀ままな独り言52

 岡崎選手おめでとう  

 注目されていた英・プレミアリーグで、岡崎選手所属のレスター優勝  

  •  この連休中、注目していた、サッカーのプレミアリークで、ついに岡崎選手の所属するレスターが初優勝。
  •  賭け事の好きな英国、ブックメーカーの予想倍率は当初5001倍、同じ倍率は「ネッシーが存在する」「エルビスプレスリーは生きている」といったあり得ない事象と同倍率だったという。一昨年に一部に昇格、昨年は、途中、最下位から残留争いの末、なんとか14位で残留。そんなチームが、プレミアリーグで優勝する訳はない。誰もが思っていた。
  •  岡崎選手はチームメイトの家で、優勝の瞬間を待つ。二位・トッテナム・ホットスパーは強豪アーセナルと大一番、12枚のイエローカードが出されるあれた試合、そのうちトッテナムは9枚のカード。試合はアーセナルが終盤に追いつき2-2引き分け。残り2節を残して勝ち点差は7となり、133年目にしてレスターが初優勝した。
  •  優勝した岡崎選手のコメントが「自分がいたから優勝できたという考えは全くないですね。−略−ただ、その一員であることは誇りに思う」とすばらしい。当初は4番手とみられ、出場機会も少なかったが、その献身的な運動量は、チームを鼓舞し、次第にチームになくてはならない存在になっていった。
  •  プレミアリーグでは、新加入の選手は歌を披露するらしい。岡崎選手は坂本九さんの「上を向いて歩こう」を目を閉じて、指を鳴らしながら、歌ったという。その後も機会あるごとに、リクエストされたが、一度でやめていたという。なれない英語ながら、チームにとけ込み、見事、優勝メンバーとなったことは、古のサッカー少年には、隔世の感がある。
  •  こどもの頃、最初にワールドカップを見たのは、西ドイツが優勝した時だった。皇帝・ベッケンバウアーやゲルトミュラーにあこがれたものだ。当時は日本が大会に出ることなんかは想像できなかったし、日本からドイツに渡った奥寺選手は特別な人というイメージがあった。
  •  やがて日本にもプロの「Jリーグ」が発足、その歩みがワールドカップにもつながり、こうして世界の檜舞台で活躍する選手が出てきたことは、当時から考えると、5000倍ぐらいの驚きである。
  •  Jリークが開幕する直前、元ブラジル代表のジーコ選手が、住友金属に入団、和歌山の紀三井寺競技場に来られた時を思い出す。世界的なプレーヤーが、日本のチームに入団、その後鹿島アントラーズで活躍、代表の監督もされた。スタンドから高校の先輩が、グラウンドで取材する私を見つけ、ジーコ選手と一枚の写真に入るように写せといっていたのを思い出す。
  •  その当時からみても日本の選手が世界のトップリークで活躍するとは想像もつかなかった。ただ、サッカー協会は将来を見据え、各地でトレセン等の取り組みを地道に行い、底上げを図っていた。
  •  将来を見据えた取り組みの重要性を改めて知った。単なる一サッカーファンであるが、これからも日本選手の活躍に期待したい。






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