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紀ままな独り言9

紀ままな独り言

3.11は忘れない。  

3.10も・・・  

  •  あれから5年もたったんだなぁと、当日と同じ道を走っていた。
  •  不思議なことに、5年前、あの東北の震災が発生したとき、走っていたのが、田辺市龍神の山間道路。
  •  今日、たまたま、田辺市の旧中辺路町の現場から、有田川に向かう時、何を思ったのか、滝尻の交差点で、反対方向にハンドルを切った。その時は、高速代を節約しようということもあった。
  •  普段、走らない道を走ろうという気持ちもあった。しかし、その時は五年前の事を考えてではなかった。あの日、山間部の道を走っていて、息子から何度か電話をもらったのに、電波の状況から受信出来ずに走っていた。今日も電話が通じないと、事務所に帰って言われた。
  •  あの日も金曜日で、翌日の消毒の事を考えて走っていたように思う。事務所に帰って不思議な一致に、驚きながら、東北の震災と、龍神の道との結びつきがないかと、いろいろと探ってみる。
  •  五年前はから、今の自分は考えられない。変わらないのはお金がないことだけかもしれない。・・・
  •  テレビやラジオは、震災関連の特番を流している。先日、3.11に卒業生を祝うために、特別メニューを出すのはどうかというニュースを見た。ただ、日本人として3.10も忘れてならない日と思う。東京大空襲の日である。
  •  71年も前の出来事だか、当時の東京市の東部、下町のあたりを焼け野原にした空襲で、罹災者は100万人を超えたとある。
  • 先日、ラジオで日本の現代史について、武田鉄矢さんが、日清、日露の戦争の後、世界の五大国となった日本が、転落していく様子を語っていた。その中で、中国の錦州に空爆した日本帝国陸軍、これが無差別に市民を空爆した最初ではないかと話していた。これをもとにナチスが、大規模な空爆をしかけ、第二次世界大戦以降、一般市民への空爆が拡大していったということだった。
  •  そんな歴史があり、また、東北の震災では、米軍は「ともだち作戦」で、駆けつけてくれた。なんとも複雑な思いである。
  •  東京大空襲の資料を見ていると、いかに戦争が残酷であり、惨いことであると、そんなために、人類の英知を利用し、日本の住宅を研究し、ガソリンをゼリー状にして、大量の弾薬を低空飛行で投下したという。これが組織だって行われることに、ある種の恐怖を覚える。2年前になくなった父親は、十代半ばで志願、満州で終戦を迎えたという。あまり当時の事を話さなかったが、郷里に帰ってきたのは終戦から1年以上たっていたという。父方の祖母は、戦死したと諦めていた息子が帰ってきたときの喜びようは、尋常でなかったと聞く。生きて帰ったことが一番の親孝行だったかもしれないと、ぽつりと話していたことがあった。 
  •  父親の名に「龍」の字があり、また、干支も辰だっただけに、今日の出来事が何かを暗示しているのかと、思ってしまう。








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